こんにちは。
ファッションアナリストの七理悠介です。
ファッション好きに人気のブランド「AUBERGE(オーベルジュ)」が、2021秋冬コレクションの新作を次々とリリースしています。
そして今週、ついに今シーズンの最注目アイテムが、ようやく発売されました。
私もずっと心待ちにしており、実際に購入して、その魅力を存分に堪能できたのでご紹介します。
目次
M52をスヴィン生地で現代的アップデートさせた「SUVIN52」
私が今季購入したAUBERGEの新作アイテムが「SUVIN(スヴィン)52」です。
フランス軍の名作ミリタリーチノパンツである「M52」を踏襲したデザインのアイテムになります。
個人的には、「M52タイプのチノパンは制作されるのだろうか」と心配していたので、発売がとても嬉しかったアイテムですね。
というのも、以前に「究極のチノパン」として新作のラインナップが2021春夏シーズン向けに発表された際、AUBERGEのデザイナーの小林さんが「究極のチノパンの制作において、どんな形を作るかで、普通はM41チノとか作りたくなるが、(あえて)作らない」といった趣旨の発言をされていたからです。
だから私は「M41のような定番チノを作らないということは、同様に定番のM52も作らないのかな。でもM47は作られたから、同じフランスつながりで可能性はあるのだろうか」と悩みました。
ところが結果的に、「前回、究極のチノパン生地でM47を作った。M47があったらM52を作らないと。ということで(M52を)作った」という小林さんの考えにより、2021秋冬シーズン向けにM52の制作が決定。
以前からファッション好きには支持されていたM52ですが、最近は一般的にも人気を獲得しているため、古着市場価格も高騰していますよね。
それゆえに、M52タイプの発売は満を持して行われた、と言えるのではないでしょうか。
余談ですけれども、SUVIN52の各ショップへのデリバリーは、全国的に1日遅れました。
それは、仕上げ工場が埼玉県にあり、環状線が緊急事態宣言明けの金曜日で混んだため、宅配業者の最終集荷に間に合わなかったからです。
このご時世ならではの出来事と言え、閉塞感にあった人々の気持ちの動きによって、様々な影響を与えていることを考えさせられますよね。
ウェストポイント規格にスヴィン100%をのせた生地
AUBERGEが今シーズンの新作を作るにあたって、デザイナーの小林さんが「究極のチノパンを作る」というコンセプトを掲げていました。
これにより制作されたのがSUVINウエポンパンツシリーズになります。
SUVINウエポンパンツシリーズには全て、AUBERGEが独自に開発した「究極のチノパン生地」が使われているのが特徴です。
元々チノパンには、「ウェストポイント」といわれている「アメリカ陸軍士官学校」の制服用の生地というものがあります。
それは、「密度」「太さ」などが厳格に決まった「これ以上の綿織物はない」という規格です。
この規格に、希少で高級な超長綿である「スヴィン」を、縦糸にも横糸にも贅沢にのせたのがオーベルジュのチノパン生地になります。
スヴィンの糸が本来持つ「上品な光沢感」が、生地の上質さを表していて印象的ですね。
それに、着心地の面でもスヴィンを採用したメリットがあります。
スヴィンには「油分が多い」ということもあり、「しっとりとした滑らかな肌触り」をもたらすのが魅力です。
したがって、「肌触りが良い」というのは、大人が着る上質な洋服として、とてもポイントが高いといえますよね。
究極のチノパンの生地制作を担当している、50年以上のキャリアのある綿織物工場の職人が「今まで作った生地の中で最高傑作」という生地になります。
つまり、「生地は縦横スヴィンで、ウェストポイント規格というものを完全な状態で作った」というのが、このチノパン生地最大の魅力です。
小林さん曰く、今シーズンのアイテムの中でも「1番気合が入りまくっていた」というくらい、まさに究極のチノパン生地といえるものではないでしょうか。
この究極のチノパン生地を使って作られたアイテムは、他にも「LV CHINOS」「SUVIN47」等があります。
【究極のチノパン】AUBERGE LV CHINOSをレビュー!ヴィンテージリーバイスをベースとしたSUVIN100%チノ!
【M47と比較も】AUBERGE SUVIN47をレビュー!フランス軍の名作カーゴパンツを現代的アップデートしたアイテム!
「M52前期型(最初期型)」を踏襲したシルエット・ディテール
SUVIN52は、フランス軍のチノパン「M52」の「前期型」を踏襲した作りになります。
ただ、各ショップの説明では「前期型」と紹介がされていますが、ディテール面を見ると、前期型全般には見られない作りもあるため、厳密にはM52の「最初期型」を踏襲しているといったほうが適切かもしれません。
それらの特徴は、現代では不可解で謎に包まれたものが多く、「前期型(最初期型)のミステリアスなディテールを秘めたものを忠実に再現する」というコンセプトで作られています。
シルエット
M52前期型の特徴らしく、「ドカンとしたワイドストレート」のシルエットです。
デザイナーの小林さんによると、「M52後期型のアメリカナイズされた仕様になると、途端に大事なものが失われているような履き心地と見た目になるので、おすすめは最初期型。最初期型のフルディテールと太いシルエットも忠実に再現。あえていじろうかと思ったけど、裾幅・腿幅をM52の初期型のピッチでしてみた。そうほうが面白い履き心地・ダイナミックなシルエットになる。かなり迫力がある。美術館に置いてある正確に作ったレプリカのような気がする」という考えの元に作られています。
実際に履いてみると、確かにM52のレプリカの中でも、特に異質なシルエットであることを体感できますね。
また、小林さんは「今古着として流通しているM52は”デカ履き”みたいな感じでないと履けない。ちゃんと履くと意外と”どうなんだろう?”という感じのパンツでもある。そのへんは、腰と渡りと裾のバランスということで、確実にファッションとして成立するようにモディファイしている。ただ、印象としては”アメリカン・チノ”というよりは、フレンチをビンビンに感じるというところに落としている」と考えてデザインされています。
トップボタン
M52は年代によってトップボタンの数が異なりますが、SUVIN52は「トップボタン1つ」。
オリジナルのM52と比べると、独特な色味のベージュが使われています。
この絶妙なベージュのボタンは、微妙にマーブル状になっており、生地に馴染んでいるように感じて、個人的には好みです。
ボタンフライ
この独特なベージュ色のボタンは、トップボタンだけでなく、ボタンフライ部分を含むSUVIN52の全てのボタンに採用。
春夏シーズンに発表された「SUVIN47」のボタンが目立っていたのに対し、SUVIN52の場合はうまく馴染んでいて秀逸だと感じます。
ブランドロゴ
ウエスト部分の内側にブランドロゴを配置。
AUBERGEのアイデンティティをロゴからも体現しているような印象を受けます。
ベルトループ
SUVIN52のベルトループは、かなり独特です。
オリジナルのM52と同じく、ベルトループの幅は「3センチ」しかありません。
かなり細いですよね。大抵のベルトが入らない幅で、ドレスのベルトがギリギリ入ります。
スラックスのようなドレスパンツであれば問題ないのでしょうが、そもそもM52はミリタリーパンツです。
このあたり、何故フランス人はそうした仕様にしたのか、国民性が出ているディテールだと感じます。
ツータック
フロント部分には「ツータック」が入っています。
オリジナルのM52には「ワンタック」のものと「ツータック」のものが存在していますけれども、これは年代によって異なるわけではなく、前期型・後期型どちらにも見られるディテールです。
SUVIN52はワイドシルエットのため、ツータックが採用されているのは、相性が良いのではないでしょうか。
小林さんが「大人が履く、腰回りがスッキリとしたタックの入ったチノパン、意外とありそうでない」と言われているように、ウエストはジャストでありながら、腰回りに適度な余裕があり、スッキリとした印象に仕上がっています。
フロントポケット
フロントポケット部分もオリジナルのM52と同じです。
縫製の処理も含めてM52を踏襲していることが伝わります。
ヒップポケット
SUVIN52のヒップポケットは、M52の前期型にしか見られないディテールが採用されています。
M52の「後期型」のヒップポケットには「フラップ」があるのに対し、M52の「前期型」にはそれが無く、「ループ」が付いているのが特徴です。
このループをボタンで止めることにより開閉します。
裾部分の謎仕様
M52の初期型と語る上で、最も不可解で謎とされているのが「裾部分」の仕様です。
一般の方には、何がそんなに変哲なのか分からないかもしれませんが、ファッションに詳しい人が見ると、M52が「謎多きチノパン」と呼ばれていることが分かるような設計の変態さを感じられます。
それは「表から縫い目が見えない」縫製である「手まつり(まつり縫いを手で行う縫い方)」という手法が用いられているからです。
裏面を見てみると、さらによく分かります。
古着屋などでも「戦争に行くパンツで裾が”手まつり”はあり得ない」と頻繁に言われることで、わざわざ手間のかかる仕様です。
このあたり、現代人の感覚では「リアルミリタリーパンツではないな」と思わせられます。
何故こうしたディテールにしているのかについて、小林さんは「手まつり(まつり縫い)がストレスに感じない人たちが作っているから。(普段は)お仕立てのジャケット・パンツ(スラックス)を作っているから。輪郭だけの型紙だけを渡して、裏の構造・縫い方は、それぞれの工場のミシン・縫い方に任せたのが原因。サイズ指定だけして生地を渡す。そうすると、テーラード工場やスラックス工場は、裏のポケットの作り方とかを自分で作る。それはイギリスもフランスも同じでテーラリングの伝統。アメリカのような画一的なスペックが存在していない」と考察されていますね。
つまり、M52を「スラックス工場」などに生産をお願いしたため、というわけです。
現代的には、手間のかからない「ロック縫い」という手法が用いられることが、効率的であり当然であるミリタリーパンツ。
実際にM52の「後期型」になると、ロック縫いが用いられています。
ロック縫いを用いるのは、生産性を考えると当たり前ですよね。
これを考慮すると、「前期型はスラックス工場、後期型はワーク工場」での制作がされていることが推察できます。
スラックス仕様となっているのは、他のディテールからも読み取ることが可能です。
それは、裾裏に「かかとのすり減りを抑えるテープをつけている」という特徴。
このディテールもM52「初期型」に見られる特有のものです。
やはり軍チノパンでありながら「メンズスラックス仕様」になっているのが、M52初期型の特徴と言えますね。
裏面の仕様
M52のメンズスラックス仕様のディテールは、裏面全般に関してもSUVIN52に踏襲されています。
M52前期型の縫製は、「ほとんどロック縫いをしていない」のが特徴です。(これはM52だけでなく、M47前期型も同じですね)
小林さんは「スラックスとワークパンツの線引は、内股を1回で縫うか、尻ぐりを1回で縫うか、どっちを先に仕上げるか、が大きな線引になる。M52はスラックスの縫い方、ディッキーズ(ワークパンツ)の場合は(リーバイス)501と同じで、最後に内股で1発で仕上げる縫い方」と分析されています。
要するに、前期型から後期型へと変遷していったのは、ロック縫いのほうが明らかにスピーディーに早く縫うことが出来るからです。
そのことは、M52はミリタリーパンツなので、「軍から数を要求されていったため」だと想像できますよね。
SUVIN52は「ルイス」という表にステッチが出ない「すくい縫いミシン」を使っており、スラックス仕様を再現しています。
ポケット布袋の縫製
非効率的な縫製は、「ポケット布袋」にも見られます。
ロック縫いではなく、「袋縫い」というスラックス工場の縫い方です。
小林さんは「こうした縫い方は”綺麗に仕上げなければいけない”という義務感を工場が持っている。通常ロック縫いだと1回で終わることを3回縫わなければいけない。3重の工程をもってでも”内側を綺麗に仕上げなければいけない”という工場のプライドがある。スピードで数を稼ぐのではなく、美しさでスラックスを縫う工場。お仕立てスラックス工場からミリタリー物を縫わせたらどうなるか、過渡期の典型」と考察されています。
このあたりの美意識は、「さすがフランス」とお国柄を感じさせられますよね。
ウエスト周りの内側の装飾
実用性の無さをさらに象徴する「ウエスト周りの内側の装飾」もSUVIN52で再現。
まったくもってミリタリーパンツには不必要なものです。
何故この装飾をつけたのか、当時のフランス人にしか分からないミステリアスなディテールですね。
他のM52レプリカと「SUVIN52」の違い
世の中には「M52のレプリカ」は数多く存在します。
それらとSUVIN52の違いについては、「生地が圧倒的に違う」ことに加えて、「裏面の工作物を含めた仕様を全て正確に盛り込んでいる」ことがAUBERGE独自の魅力として決定的です。
スヴィンの高級な生地が、「見た目」と「履き心地」の良さを与え、合理化を追求しアメリカナイズされたM52「後期型」ではなく、美意識に重点を置いた「最初期型」を完璧に再現することで、SUVIN52に「アイデンティティ」を与えています。
小林さんはSUVIN52について「”何故そうしたんだフランス人”というのが盛りだくさんで入っている。そのへんも楽しみながら、ファッションのピースの一部活躍、コーディネートの一部になれば幸い」と言われています。
実際にSUVIN52は、私自身コーディネートで大活躍しており、既にワードローブには欠かせない存在です。
合わせるアイテムをあまり選ばない、懐の深さを感じさせられます。
定番の「ベージュ」だけでなく「ブラック」も制作
AUBERGEの2021秋冬コレクションのテーマは「白黒映画の世界」と題していました。
つまり「モノトーンコレクション」として定義された新作のため、M52で定番の「ベージュ」だけでなく「ブラック」もSUVIN52では制作されています。
M52の古着でも「後染め」でブラックにされたアイテムをたまに見かけますよね。
SUVIN52では「先染め」で作られているので、巷にあるブラックのM52とは全く異なった美しさです。
小林さんが「光沢が”化繊の光沢”とかそういうのではなく、”スヴィンの濡れ光り”という感じ」と言われているように、光沢感が独特で素晴らしく、私も一目惚れしてブラックのほうも購入しました。
シルエットや内側の工作物を含めた全てのディテールは、ベージュと同一です。
こちらのブラックも、様々なコーディネートで大活躍しています。
M52の「最初期型」を極上の生地で忠実に再現したSUVIN52
本当に謎多きチノパンである「M52最初期型」は、今でも多くのファッション好きの心を掴んでいるアイテムです。
そして、合理主義によってアメリカナイズされる前のM52の持つ全ディテールを、スヴィン100%という極上の生地で再現したのがSUVIN52になります。
「当時のフランス人は、何故こんなディテールにしたのだろう」と、時代の名品へのロマンに思いを馳せられるのではないでしょうか。
ただのレプリカではなく、作り込みに関して一切の妥協が無く、ファッションとしても成立する力を持つ魅力的なアイテムです。
ぜひ参考にしてみてくださいね!