こんにちは。
ファッションアナリストの七理悠介です。
11月に入りいよいよ肌寒くなってきており、軽装ではなくスーツを着用される方ばかりになりました。
スーツの着こなし術についての指南書は数多くありますが、その中でも有名ファッションブロガーのMBさんが書かれているものがAmazon等のサイトの検索上位にくるため、指南書を探す多くの方が目にする機会があるのではないかと思います。
この本のテーマは「スーツ姿で80点をとる」ことですが、はたして実現可能な内容なのか調べてみました。
目次
MB氏の初のスーツ指南書
カジュアル分野ではドレスとカジュアルを提唱し評価されるMBさんの初のスーツ指南書。
私も購入して読んでみました。
MB節全開といった具合の文章で読みやすいですが、肝心の内容については疑問に感じる点が多いです。
スーツ姿においてMB氏が考える重要点だけを抜粋している
必要のない細部にはこだわらなくて良いという趣旨のため、全体的にかなり要約されて書かれているのが特徴です。
そのためMBさんが考えるスーツ姿で80点をとるために必要なものだけ抜粋されています。
主張と正解例が一致していない
「普通の白シャツが最適解のため白シャツしか着なくて良い」と主張しているのですが、コーディネート例では普通の白シャツは1例も出てきません。
「襟の内側に柄のあるシャツはNG」と論じている部分には共感できますが、正解例として出しているシャツの内側には柄があり主張の一貫性が感じられませんでした。
企業のプロモーションも目的の1つと考えられる
コーディネート例についてはMBさんが監修しているAOKIの商品ばかりをほぼ紹介しているため、プロモーションも一つの目的として出版されたと推察できる、しがらみのある中書かれた内容なのだと思います。
実際数ページにわたってAOKIのプロモーションを行なっており、「監修しているのでぜひ利用してください」と紹介しています。
私の記憶では、MBさんは元々スーツセレクトをおすすめしていたと思います。
その点については、いわゆる「企業案件」というものなんでしょうね。
大筋は理解できるが特に納得できない箇所が2つ
当書の大筋の主張は理解できますが、正当性を疑うものも少なくないです。
その中でも特に私が納得できなかった内容が2箇所あります。
「黒のスラックス推し」はビジネスシーンを正しく理解しているのか?
まず気になった部分は、ビジネスマンのクールビズについて取り上げている箇所。
ドレスを崩さないことが最大のコツと定義し、細めの黒のスラックスを穿くのが正解としています。
ですが、ビジネスシーンで黒を選択する場面などないのではないかと思います。
黒のスラックスやスーツを着ている方もたまに見かけますが、「あの人何で黒着ているの?」と周りから言われてしまっているのが現状です。
カジュアルでは黒のスキニージーンズで一世風靡したMBさんなので、ビジネスでも似たように黒のスラックスという分かりやすいアイテムで独自性を打ち出したかったのかも知れません。
やはりビジネスシーンではネイビーかグレーがスタンダードですので、常識外れと思われないためにも、それに抗うことなく則った着こなしをするべきです。
「スーツ姿にはこれまでの歴史の中で出来たルールがある」とMBさんも当書の中で主張されており、まさにその通りだと思うのですが、何故そこから外れた記載をしたのか疑問が残ります。
ちなみに、最近MBさんが新たに出版された「メンズファッションバイヤーMBが教えるビジネスコーデベスト100」という書籍も本屋で少し読んでみました。
この本の中で、MBさんがビジネスにおけるスーツの定番色として挙げていたのが「黒・ネイビー・グレー」です。
ビジネスシーンで黒が定番色というのは、様々なテーラー等でもこれまで聞いたことがありません。
おそらく、MBさんは誤解をされているのだと思います。(もしかしたらモード好きには黒スーツが好きな方が多いので、そういった影響なのかもしれませんね)
MBさんはカジュアルにおいては造詣が深いのかもしれませんが、スーツにおいては「カジュアル畑の人が想像するビジネスシーン」といった内容で現実的なビジネスシーンに寄り添えていないと感じました。
ただこれについては、MBさんの経歴を考えると想像するのは難しいのかもしれません。
現実的に再現性のないファッションは、ファンタジーの世界でしか着ることのないコスプレに過ぎません。
クールビズに関しては他にも様々なファッション業界の方が着こなし術を主張されていますけれども、どれも現実に寄り添っていない単なるコスプレという点では共通です。
現実に寄り添いつつ洗練されたクールビズを実践する方法は以前記事にしておりますので、そちらもぜひご覧ください。
「ネクタイの組み合わせは気にしない」は明確な誤解
もう1つ特に納得できなかった部分は、ネクタイについての記載箇所。
「そもそもネクタイはどんなシャツにもあわせやすいようにデザインされているはず」「どんなネクタイを組み合わせても全然気にしなくて大丈夫」と主張されています。
これを読んだ多くの方が「何かエビデンス(根拠)があるのか?」と疑問を持ったのではないでしょうか?
少なくとも私はそんな話を初めて聞いたので非常に驚きました。
スーツスタイルにおいてVゾーンは最も人に与える印象の大きいところです。
もしMBさんの言うことが本当なのであれば、ほとんど全ての人がVゾーンは整っていて洗練された印象・着こなしとなっているはずですが、実際にはそうではないため、このことは明確な誤解であると言えます。(MBさんご本人も「そもそもネクタイは………されているはず」と想像で話されていますし)
Vゾーンに気を配らずに洗練された着こなしは実現できないため、テーマである80点の着こなしを目指すのであれば必須項目です。
そうでなくてはスーツ姿が「ダサい」から「普通」になるだけで、素敵に見えるとは言えないですよね?
しかし、注意点として挙げているのは「スーツがストライプでシャツもネクタイもストライプだとさすがにうるさすぎるので柄の量を抑える」くらいしか記載がありません。
スーツにおいて個性が出せる箇所は少なく、Vゾーンはその数少ない表現箇所の1つです。
80点を目指すと言っている以上、その他大勢の人との差別化なくして実現は不可能となります。
「とにかく人と違う変わった格好をしろ」と主張しているのではありません、それでは洗練された大人の着こなしとは呼べないですから。
この点については、それこそルールやセンスが問われ、実は効果的に表現できる方法もあります。
そして、そうした理論を紹介することがMBさんの手腕を発揮する部分かと思っていたので残念です。
当書はクイックスタートガイドのようなもの
その他コーディネートについても分かりやすく大胆な提案が多いですが、それらを全て受け入れたとしても、当書のテーマである80点のスーツスタイルを手に入れるのは難しく感じます。
装いについて無関心だった初心者の方には目から鱗に感じて、80点とはいかずとも及第点はとれる内容ではないでしょうか。
まるで家電製品がとりあえず使えるようになるための簡単な説明書である「クイックスタートガイド」みたいに、スーツを着るために必要最低限知っておいたほうがいい内容です。
もっとも、スーツ姿において重要点だけを紹介するといった特性上、MBさんも足りない点があるのは当然承知の上で書かれているのだと想像できます。(有名な方が発信しているものには一定数、逆張りの意見を言いたいだけの層もいますし。ブラックジーンズがまさにそうですよね、私はとても有用性の高いアイテムだとMBさんに同意見です。さすがに全身黒コーディネートは着る人を選ぶので、私のような人間には着こなせませんが)
とはいうものの、MBさんがきっかけでファッションに目覚めた方も少なくないと思うので、影響力の大きい人物だからこそ、きちんとしたものを発信する必要があったのではないかと考えます。
ルールを重視する方のスーツ指南書としては落合正勝さんの著書「男の服装術 スーツの着こなしから靴の手入れまで」が10年以上経つ内容になりますがより参考になるのではないでしょうか。
落合さんの著書もクラシックすぎる傾向がありますが、クラシックを学んだ上でモダンを取り入れるのとそうでないのとでは明確な違いが出てきますので、一度は目を通していただきたいおすすめの本です。
どんな指南書でもはじめに読んだものが正解とは限らない
レビューサイトでも比較的高評価されている当書ですが、これを読んでそのまま真似をする方も多いかと思うので、あえて注意してほしい点を強調してご紹介しました。
80点をとるという設定がなければスーツに不慣れな方向けの指南書として良書だと感じます。
私が注意してほしいと常々思うのは、ファッションに限らず、人は初めて知ったことは何故かそれこそが正解だと信じ込みやすく、そしてそれ以降情報のインプットが難しくなってしまいがちです。
この危険性は無自覚であることが多いため余計にタチが悪いものですので、どんな情報も事実をいかに自分の考えや認識の中で精査し本質を見抜けるかが大切です。
もちろん、私のこのブログだってそうですので、可能な限り注意を払ってコーディネートやアイテムを紹介するように心掛けています。
私自身もスーツの着こなしについてご紹介しています。良ければこれらの記事もご覧ください。
ぜひ参考にしてみてくださいね!